四季の森空間?

森羅万象

倉敷・鷲羽山


 09年05月 倉敷・鷲羽山・瀬戸大橋


何年ぶりかで倉敷に行った。

倉敷川には初夏の風が吹き、柳が川面に枝垂れかかっている。







アイビースクエアにある「倉紡記念館」







アイビースクエアの建物は、名前に違わずアイビーで被われているものが多い。







蔵造りの町並み、電柱が無粋だ!







街の中に小高い山があり、鶴形山と言う。
そこに長い石段がある。





息を切らして石段を登りきると、大きな山門に出迎えられる。







阿智神社が鶴形山の頂上に鎮座している。

この阿智神社は
「応神朝(応神天皇・在位383-423年)に朝鮮半島より渡ってきた漢の霊帝の
曾孫、阿知使主(あちのおみ)一族。彼等は「石」「鉄」「織」等の先進文
化を担う技術集団として、吉備国の繁栄の礎を築き、当時、島(亀島)であ
ったこの鶴形山に神々の天降られる斎場として、日本最古の蓬莱様式の古代
庭園を造ったと伝えられている。」の阿知使主が祀られている。

当事この辺りは海で、この小山が海に浮かんでいたらしい。












阿智神社から倉敷の市街を見下ろす。







鶴形山を殆ど下りきったところに観龍寺がある。
ここは幕末に幕府軍と長州奇兵隊が戦闘を交えた所で、現在もその痕跡が
残っている。











大原美術館と市街








惜しむべくはこの景観を台無しにしている無粋な電柱と電線である。
世界の観光地でこんなものはまず無い!
電線の地中化を急ぐべきだ。

風景写真家竹内敏信は「風景三悪とは、電線、コンクリート、ガ
ードレールである」と定義していそうである。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


倉敷を後にして鷲羽山と瀬戸大橋に向かった。
倉敷を30分ほど車で南下すると、鷲羽山スカイラインがある。

この道路をぐんぐん登って行き、西側に視界が開けたところに展望台がある。
眼下に水島コンビナートの大パノラマが広がる。








途中、瀬戸中央道をくぐって暫く走ると今度は東側に児島を見下ろす展望台がある。





更に鷲羽山目指して南下を続けると瀬戸大橋の雄姿が見えて来る。
鷲羽山ハイランドの傍のせとうち児島ホテルで休憩する。
ここからは瀬戸大橋が良く見渡せる。





更に車を進めて行くと瀬戸大橋のすぐ傍にたどり着く。
この港が下津井である。
橋の下段は電車が通っていて、丁度四国側から上り列車が通過して行った。









岬の先端をぐるっと回ったところに鷲羽山展望台があり、四国の坂出までの眺望が広がる。

讃岐富士と呼ばれる飯野山442mも遠望される。







中央の島は櫃石島







本島、大きい島である。一時はホテルも出来たそうだが今はもう無いそうだ。







この小さな島は松島で、ここまでが岡山県。その向こうの島は香川県側とな
る。こちら側からは無人島に見えるが人家が数軒あり、小学校の分校がかっ
てはあったそうだ。今は2〜3軒に人が住んでいるだけ。















この展望台を海岸まで降りたところに下電ホテルがあり、そこに「はつひ丸」
遊覧船の発着場がある。

一人1,500円の料金を払って95人乗りの観光船に4人だけ乗船して、約50分の瀬戸大橋遊覧をした。

これがその船。正式には「鷲羽山笑う遊覧船はつひ丸」と言うのだそうだ。







ここからは船上からの写真となる。







この与島を除いては一般車両は瀬戸大橋から乗り入れる事は出来ない。
消防車や救急車等の緊急車両、島民の車両のみが島に下りられるそうだ。








これらの島の人々の多くは、大橋建設に伴う多額の補償金を手にして家を新
築したりしたそうだが、その多くは島の生活に見切りをつけて島外へ移住し
た者が多いとか。







この場所は海面下から60mの高さに橋が掛かっていて、ここをくぐれない船はない。







水上バイクが盛んに水しぶきを上げる。







この橋は海面下まで30数mしかないとのこと。







この時期大潮で、海流が川の様に流れている。







遊覧船はその渦の中に入って流される。



→瀬戸大橋下の潮流の動画はここをクリック下さい

  1. 2009/05/27(水) 21:17:42|
  2. |
  3. トラックバック(-)|
  4. コメント(-)